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あるインシデントがきっかけ
ある日の救急外来
看護師が多忙なため、自ら点滴を作成して投与しようとした
棚から胃薬(オメプラゾール)と溶解液(20ml 生理食塩水)
を棚の中の様々な薬剤から探し出した。
注射を作ろうとダブルチェックをした時、
「先生、それ生理食塩水ではなくて注射用水ですよ」
無意識に間違った製剤を投与しようとしていたことに気がついた
※インシデントとは
患者に実害が及ばなかったが、一歩間違えれば医療事故になりかねない事象のこと
インシデントを起こすたびに報告・検証する義務がある
※注射用水をそのまま注射すると危険です
Problem
当時の注射薬棚は扱いにくかった
あなたはこの注射棚からオメプラゾールと生理食塩水を何分で見つけられるだろうか?
救急外来では迅速に薬を投与しなければ命にかかわる場面もあるが、
目的の注射1つを手に取るのに、棚の前で5分ほど探すことも珍しくなかった
今回のインシデントは、
忙しい救急外来で胃薬を探すのに集中力を使ってしまい
注射溶解液まで気が回らなかったからであった。
業務をより円滑に、そして医療事故を防ぐために、
注射製剤の並び替えとデザインの改善を提案した。
Consept
投薬のカスタマージャーニーマップ
様々な注射製剤をどのようにグループ分けするか
薬を投与する体験を考えた時、
なぜその薬が必要なのか理解し、
どのように作用するのかイメージする必要がある。
薬剤は作用機序別に分類し並び替えた方が合理的であった
昇圧薬
降圧薬
抗不整脈薬
消化器系薬
抗アレルギー薬
感染症治療薬
電解質/凝固/ビタミン
溶解液
平面の棚の中で、どうやってグループ分けをするか
参考にしたのは電車の路線図
色彩を用いて、視覚的に作用機序がイメージできるようにした
薬剤配置
効能によって色分けで分類
劇薬は上方に固まるように配置した。
自然に循環器系・消化器/アレルギー・抗微生物薬・電解質補正薬にまとまった。
オメプラゾールを探したいならば、
胃薬であるので橙色の5種類の薬剤からすぐに探すことができる。
タテヨコの薬剤は関連のある薬剤となるよう工夫した
(かなり専門的な内容ですが、今回のキモでもあるのでぜひご覧ください)
(電気ショックは電気的除細動、サンリズムは薬理学的除細動といい、どちらも直接不整脈を止めるということ)
ワソラン・ヘルベッサー・ニカルジピンはカルシウムブロッカーに分類される薬であり、オノアクトはβブロッカーに分類される薬だ。
似た薬でも病態によって使い分けてほしいというメッセージである。
ネオフィリンも喘息治療薬であるが、実際にはほとんど使用せず、使用にはかなり注意が必要な薬なので、あえて離して配置した。
塩化ナトリウム・マグネシウムはブドウ糖やビタミンとあわせて点滴の内容調整に使うことが多く、点滴に混ぜて使うためこの場所にした。
また、メイロンやアシクロビル、ビクシリン、ネオフィリン、イソゾールなども使用頻度は低い。
ビクシリン~ゾシンはペニシリン系であり、メロペネムと合わせてスペクトラムが広い(=多様な細菌に効く)順に配置した。
アシクロビル~バンコマイシンは使用頻度順である。
また、アタラックスPとポララミンも吐き気止め作用があり、病態に応じて使い分けてほしいというメッセージを込めた。
ラベルの情報設計
従来は薬の名前と容量の表記のみであったが、
棚の前面全体を使うことで効率的な情報表示を図った。
医薬品は同じ薬剤でも「商品名」と「一般名」がある。
混乱を避けるため両方を併記することにした。
その際、通常は「商品名」で呼ぶことが一般的であるため、
商品名を太字で目立つようにした。
ただし、抗菌薬だけは一般名で呼ぶことが多いため、
あえて一般名で記載し、略号も表記した。
※R は商品名、GEはジェネリックのこと
薬事法により毒薬は黒背景に白文字、劇薬は赤枠に赤字で表記し、分別して保管しなければならない
2つ以上の効能効果を示すものは、2色で示した
ボスミン(アドレナリン)は昇圧作用もあるが、
実際に使用するのはアナフィラキシー(重症のアレルギー)で
投与する場合が殆どなので、黄色を重点的に示した。
ヘルベッサーは降圧と頻脈性不整脈に対して使用するので青と紫で表示した。
実際に扱うのは外来看護師や研修医がターゲットであり、
必ずしも全員が薬理学に精通しているわけではない
医療安全のため、より薬剤の仕組みや注意事項を知ってほしい
代表的な使用上の注意・禁忌事項を盛り込んだ。
例えば、
プリンペランは代表的な吐き気止めであるが、
腸閉塞による嘔吐に使うと危険である。
また、ゼーゼーしている患者は喘息か心不全の可能性があるが、
喘息と思って心不全の患者にメプチン吸入(喘息治療)をすると逆効果である。
このような代表的な禁忌事項を明記した。
実際に投与する際に注意すべき事項も表記した
例えば、ノルアドレナリンは3mg/3A/50ml,5mg/5A/50ml,10mg/10A/50ml
のいずれかで溶解することが一般的であり、「濃度注意」表記を施した
バンコマイシンは1時間以下の投与速度で注射すると皮疹が生じるため、
「投与速度注意」表記を施した。
ピペラシリン・タゾバクタムは異なる規格が存在するため「規格注意」を表記した。
アドレナリンや注射用水は通常そのまま静脈注射をしてはいけないため、
大きく「禁静注」表記を施した。
救急外来で一番汎用するのは抗菌薬であり、
ストックしてあるだけで12種類ある。
研修医にとって全てを理解して使い分けるのは難しいので、
代表的な標的病原菌も表示した。
Communication
システム移行期が一番危ない。
各部署へ周知徹底。
導入にあたり院内の関係各所全てに通達した。
事前に集中治療室長・医療安全師長・病院長に声掛けを行った。
薬事法上の規定を守るため、薬剤師と協調して設計した。
そして、実際に手に取る機会の多い外来看護師全員には、
使用前から使用後までアンケートをとり、改善を行った。
カラー印刷したものをラミネートすることで、
耐久性に優れ、すぐに改変することも可能にした。
効果
業務効率改善
医療安全
医学教育
そうしてできたプロトタイプからは思わぬ効果が生まれました。
直感的に薬の場所がわかり、業務は大幅に効率化しました。
薬の注意がよくわかり、医療事故を未然に防ぐことができました。
そして、研修医や若手看護師に対して、薬剤の作用機序がよくわかり、教育的な効果も生まれました。
看護師からの評判はとても上々でした。